一人軍隊
1947年、インドに自治が認められ、植民地からの解放が現実になった。しかし、イスラム教のパキスタンとヒンドゥー教のインドに国が分断している状態だった。
ヒンドゥー教、イスラム教のグループが多数存在する地域、特にベンガル地方、カルカッタ近郊、北のパンジャブ・カシミール地方において、暴動が起きることを誰もが予想していた。
インド最後のイギリス総督マウントバッテン卿は、55,000人の兵士をすべてパンジャブカシミール地方に送り、そこで予想される暴動を鎮圧しようとした。
しかし状況が最悪だったベンガルには、総督が「一人軍隊」と呼んだガンジーだけを送った。ガンジーがベンガルの駅の電車から降りると、暴徒と化した群衆がガンジーに石を投げつけ、「帰れ!ガンジー!」、「ここはオマエのようなヤツの来るところではない!」と叫ぶ。
このときのガンジーの姿を想像してみてもらいたい。
年齢78歳、身長およそ153センチ、体重約50キロ。自分で紡いだ白い綿の衣だけを身に纏い、何も持たないガンジー。
彼は手を広げて群衆に近づき、こう言った、「あなた方は私を傷つけたいのだろう。さあ、私はここにいる」。
そのガンジーを前にして、群衆は徐々に消えていった。
そしてガンジーは、断食し、暴動が治まるよう祈り続けると民衆に告げた。
パンジャブカシミール地方においては、55,000人の軍隊が、世界史上稀に見る暴動によってわずか数日で敗退していた。しかし、ベンガルでは、この「一人軍隊」が断食して祈った三日間ですべての暴動がおさまった。
一週間のうちに、対立していたグループのリーダーたちは、必要とあれば命をかけて相手のグループを互いに保護するという協定を結んだ。

